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歴史関係 2007/6/3,20:59:56


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江戸時代、米沢藩の第3代藩主に、上杉綱勝(うえすぎ つなかつ)という殿様がおりました。

綱勝の奥さまは、会津藩主、保科正之(ほしな まさゆき)の娘で媛姫(はるひめ)といったらしいのですが、わずか19歳で亡くなっています。

昔の人が若くして亡くなるのは、決して珍しくないことですが、媛姫の死因は、なんと、「毒」によるものでした。しかも、実母の盛った毒・・・。

媛姫の母は、保科正之の正室で、於万(おまん)の方です。

あるとき、正之と側室の間の娘である(媛姫の異母妹)摩須が、加賀藩の第4代藩主である、前田綱紀(まえだ つなのり)のもとへ嫁ぐことになりました。

すでに、媛姫は、米沢藩へ嫁いでおりましたが、自分の娘である媛姫より、大藩の加賀藩へ摩須が嫁ぐのが許せなかった於万の方が、摩須を毒殺しようとする事件が起こったのです。

しかし、人をのろわば穴ふたつ・・・。

毒は、なぜか実娘の媛姫の口へ・・・。

媛姫は、上杉家の菩提寺、林泉寺に手厚く葬られました。


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